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ルイヴィトン・市松模様の海外の反応は?商標権侵害で訴えた?

ルイヴィトン・市松模様の海外の反応は?商標権侵害で訴えた?

この記事では、ルイヴィトンの市松模様(ダミエ柄)に対する海外の反応をまとめてみました。誰もが知るルイヴィトンは、世界的にその地位を確立しているフランスのラグジュアリーブランドですよね。日本にも愛好者は多いですが、なんとこのルイヴィトンが日本と争おうとした過去があると噂されているのです。一体何があったのか、事実とその反応についてまとめてみましょう。

目次

ルイヴィトン・市松模様の海外の反応は?

ルイヴィトンの市松模様が話題になったのは、とある京都の小さな老舗が目をつけられたことでした。現代ビジネスによると、2つのアイテムは似ていて当然。なぜなら、どちらも地模様のデザインがチェック柄であり、日本の方は市松模様をイメージして作られているからです。ヴィトン アウトレットなども人気ですが、市松模様に関してはどのような反応があったのでしょうか。

EU:単純すぎて商標にならない

ルイヴィトンのダミエ柄(市松模様)をめぐる商標問題は、EUで長年にわたって争われてきました。EUの一般裁判所は2015年に「市松模様は非常にシンプルな要素からなる基本的かつ平凡な図柄であり、様々な商品に装飾目的として広く使用されてきた」と断じました。そして、ルイヴィトンが主張する「商標主張」を退けています。消費者がその柄をブランドの識別標識として認識しない、と判断されたわけですね。

アメリカ:独占に反対

アメリカをはじめとする世界的な反応としては、ルイヴィトンの「ダミエ柄を商標登録したい」という主張に対し、批判的な見解を示しました。ダミエ柄、すなわち市松模様に商標権を認めることは、事実上ルイヴィトンが「チェック柄全体」を独占することになります。「ダミエ」はフランス語でそもそも「チェック柄」を意味するのだそう。ということは、ルイヴィトン自身がその起源を認めているようなものだという、皮肉な指摘も相次ぎました。

ルイヴィトンの市松模様はどうやって生まれた?

日本とも争うことになってしまった、ルイヴィトンの市松模様問題。実はこの市松模様(ルイヴィトンはダミエ柄と呼んでいる)が生まれたのは、19世紀末のフランスで起きた日本文化ブームが関係していました。ルイヴィトンが市松模様を採用した19世紀末のフランスでは「ジャポニズム」と呼ばれる日本文化ブームが起きていたそうです。研究者や海外メディアは、ルイヴィトンのデザイナーが日本の市松模様からインスピレーションを受けた可能性を指摘しています。起源はむしろ日本にあるという見方が、国際的にも広まっているそうですよ。こうした文脈からも、ルイヴィトンによる商標主張は文化的に筋が通らないという批判がさらに強まったのですね。

結局どうなった?

ルイヴィトンが、京都の老舗・神戸数珠店に対し商標権侵害で訴えを起こしたという騒動。結局のところ、どのような形で落ち着いたのでしょうか。市松模様は、日本にいればどこでも目にする和風の柄。着物を着る人はもちろん、普段和服を着ない人でも、市松模様という柄は私たちにとって慣れ親しんだものですよね。世界各国がどのような判断をしたのか、見てみましょう。

日本企業が先手を打った

ルイヴィトンが、日本の企業を商標権侵害で訴えたという噂があります。しかし、実際には日本の企業が先手を打った形で、この問題は終止符を打つことになりました。神戸の数珠袋メーカー「神戸数珠店」が、ルイヴィトンによる商標権侵害を主張されることを恐れて先手を打ち、2020年9月に特許庁へ「判定請求」を申し立てたそうです。これは、ルイヴィトンに訴えられる前に、自社製品がルイヴィトンの商標権の範囲外であることを公式に確認してもらうための予防的措置だったのだとか。

特許庁の判断「日本古来の伝統模様にすぎない」

特許庁は2021年9月、神戸数珠店の申し立てに対し「消費者はその市松模様をルイヴィトンの出所識別標識として認識できない」という判断を下しました。商品が「市松模様」という言葉とともに宣伝されている場合、消費者は日本古来の伝統文様として認識する可能性が高いとも指摘され、ルイヴィトンの権利主張は通じなかったのですね。

裁判に発展する前に収束

幸いにもこの市松模様騒動は、大きな裁判に発展する前に収束することができました。もともとはルイヴィトンが神戸数珠店に対し、訴訟を起こそうとしていたことが発端でしたが、それに先んじて神戸数珠店が特許庁へ判定請求をしたため、訴訟になる前に判決が下されたのですね。実際に裁判にかけられていたら、結果は違っていたのか…今となっては神のみぞ知ることですが、世界各国の聡明な判断により、世界中のチェック柄が守られた結果となりました。

市松模様は歴史が長い

市松模様の歴史は、ルイヴィトンのダミエ柄をはるかに上回ります。日本では18世紀中期に歌舞伎俳優・佐野川市松がこの模様の袴を用いたことで「市松模様」として広まり、スコットランドでは16世紀、南インドでは13世紀以前にすでに類似のチェック柄が使われていたとされているんです。こうした長い歴史により、各国の裁判所が「この模様は誰かが独占できるものではない」と判断する根拠となったのですね。

参考:弁護士JP

ルイヴィトンは謝罪した?

市松模様(ダミエ柄)の独占に失敗し、敗訴したルイヴィトン。それ以降、ルイヴィトンが日本に謝罪することはありませんでした。理由として考えられるのは、今回の騒動自体が裁判ではなく、判定を求めるものにすぎなかったことが挙げられます。敗訴はしていますが、法廷での敗訴ではないため、謝罪する必要性がなかったのかもしれませんね。

まとめ

ルイヴィトンの市松模様に関する海外の反応をまとめてみました。ルイヴィトンは満を持して商標登録をしたいと主張したようですが、各国の裁判所や特許庁は日本の伝統である市松模様の位置づけを維持する判決を下しました。ルイヴィトンともあろうラグジュアリーブランドが、商標登録をしたいと主張した市松模様。しかし主張は通らず、最終的に「日本古来の伝統模様である」という決断が下される結果となりました。ルイヴィトンはもちろん素敵なブランドですが、日本の伝統でもある市松模様が守られたことは、日本人として安堵を覚えますね。

この記事を書いた人

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